パリに帰ってからディジョン日記を立ち上げる。疲れた。フランスで始めての人間のお葬式がベルナデットとは。。フランスで始めての最愛の猫のお葬式したばかりだというのに。帰ったら、友人の母親が死んでしまったというニュース。ブルノが入院するというニュース。友人が癌で手術するというニュース。もうやめてくれんとばかりに、悪いニュースが続く。疲れた。
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電車の中で旦那は足を伸ばして寝ている。電車はディジョンに向かっている。
私は2日前だったか、決意した。ニームに引っ越す。
なぜかと言うと、一番は何よりも旦那がそうしたいからである。そうしないとパリ嫌いの彼のネガ光線は日増しにひどくなるので、もう嫌なのだ。そういう彼といっしょにいるのは全く持って迷惑である。別れたらどうなるかと言うのもシュミレーションしてみた.パリに離婚してまでこだわるわけがあるか? もちろん住み心地がとってもいい自分のお城を売ることになるわけで、、それが一番悲しいし、お金持ちならばほいほいとニームに新しいアパートを買えるだろうが、パリを売らなければ、ニームの今の貸してるアパートではあまりにも夢がないのであった。
そして彼がパリを嫌うのは少し分かる気がする。何かエネルギーが沸いてこないのだ。なんだか、アイロニックになって暗くなる。。パリ自体になにかじとっとした空気を感じる。仕事しなくては。。がんばらなくちゃと思っても何故かなえてしまう。エネルギーがとてもロウになる。
友人だって、ものすごく安心しきった友人というのがほとんどいない。この人とは、本当に友人棚と言い切れない、知り合いの少し毛が生えたってのがいっぱい。これはフランス人のキャラなのかと思っていたが、いや違うとニームで思った。南はやっぱり、あっけらかんとなり、何かぐっとつながってる感じがするのである。親身と言うか。。。おせっかいが多いと言うか。。とにかく人生の中にグググとかかわってくる感じがいいのであった。
確かに、旦那が嫌うグレーの空が人に影響を及ぼしている面は大きい。家オタクの私には合ってる部分もある。が、しかし、穴倉生活からでてきたくなってる部分もある。
ニーム生活を想像するとわくわくする。パリはととうと、ちょっと斜めに構え、悪くはないわね。。と言う感じ。人生はワクワクのほうを選択すべしであるかなと思う。
猫はパリで探す。訳などない。猫がいると私たちは幸せだからである。猫がいることでしか私たちは存在し得ない。
人生は短い。やりたいことは今やらなければ死んでも死に切れないと思う。ベルナデットのお葬式は明日である。彼女に私の決定したことを報告しようと思う。

=================== インターネットにアクセスしない日が、丸一日と半日ほどあると、何か世界から切はなされたように感じる。それは、ばかばかしく違っているいるような気もするが半分はあってるかもしれない。いったい世界で何が起こったかわからないからだ。福島が爆発したとしても、シラクに軍事介入したとしても、きっと分からない。
仕事の話が2つほどあがっていたので、ちょこっとだけネットに行ってみたが、ディジョンと言うところは、トゥルーズよりもFREE WIFIの表示がなかった。そういえば、日本もFREE WIFIなんてなかったことを考えれば、NYのFREE WIFIの復旧率の良さを基準にしてはだめだといつも思い出される。
今は、パリに帰る電車の中でこれを書いている。2日ばかりディジョンにいたが、よく歩いたし、大体把握できてしまった。たった2日だったのに嫌に長くいたような気がする。疲れた、多分ベルナデットのお葬式が重かったのだと思う。いつものように便秘になり、何もお出ましにならない。パリに帰ればすぐ治るであろうが、意外な繊細さに自分でいつも驚くのであった。
2年前、ベルナデットに癌の写った頭の写真をスキャンすることを頼まれてしたが、その膨大な数の写真は、私のコンピューター内にいつもしまってあった。最初は何かの間違いで送れてなかったときのために。それ以後は、捨ててしまったら彼女の命を捨ててしまうのではないかという縁起担ぎ。イメージはスライドショウとして右上の小さな画面に出てくるので、毎日一度はその影像を拝むことになった。脳の輪切り映像が次々に写ると、ベルナデットが何とか治りますようにと、祈ったものだった。脳の輪切り映像が次々というのも決して気持ちのいいものではないので、何度も見えないところに隠そうかと思ったが、かくしてしまうと彼女を忘れてしまうかもしれないと、そのままにしておいた。
彼女は、やっぱり死んでしまった。いつかはこの日が来るだろうと思ってはいたが、やはり来てしまった。驚きはしなかったが、ディジョンに来て、何度も何度も泣く自分に驚いた。お別れというものにすごく繊細になってる自分が居た。今年は泣きすぎた。もう嫌だ。もう嫌だ。そう思っている。
だが、慣れるしかもう手はないのかもしれない。
NYでは私より随分若い友人ばかりいた。死というものはあまりにも遠くになった。若い友人や恋人に飽きたとき、パリでは年取った友人しかいなくなった。集まるとたいてい私が一番若かった。そうして、やはり年老いた人から死んでいくものである。例外はもちろんあるが。。。
別れに慣れるのはあまりにも悲しいアイデアではないか?