Paris そう、16歳のとき、ヨーロッパを周った際、私はパリに恋をした。もう40年ほど前の話。未成年が、しかも一人娘が、一人旅も出来ないとのことで、大人に混じって、アーティスト専門パック旅行に参加した。16歳の参加者はそのとき二人だった。参加者からは、その若い年齢で海外に出してもらえるなんて良いわねとうらやましがられたが、自分のお金で行ったことが自慢だ。以外や以外、私は、お年玉だの、お小遣いだの貯めたのだ。意外なことに子供のほうが貯めやすい。母が人の世話好きでしかも先生だったので、母へのお礼など『御譲ちゃんに』と包まれたときなどいっぱいあった。私が始めての外航というので、お餞別さえ集まった。16で『一人で』海外に行ってしまうのは、そのころかなり珍しく、外国に行くのも珍しく、外航と呼ばれたのだ。日本に帰ってくると、眼が薔薇色で、パリパリ病に魘され、今度は母と合作して父親を欺いた形で、冬休みをパリで過ごした。 またしても、16歳で、またアーティスト専門パック旅行だった。父は私がパリに行ったことなど知らなかった。いないのに気がついたときには、私はパリにいた。麗子は一体どこにいるんだ。。パリよ。ええええ・これが夫婦の会話だったらしい。帰りにはそのメンバーの中から20代後半のボーイフレンドが出来たので、箱入り娘が何たる事と、母にはきつく怒られ、もう海外なんか出しませんと宣言された。
それから40年たった。父も母も亡くした。私は約9年パリに住み、夫はアメリカ国籍も持つフランス人で、私自身がフランス人となった。
パリの前は、NYにいた。NYを選ぶときは、うーんフランス語が出来ないからな。。。とNYを選んだものの、NYの町並みを見るにつけ、これがパリだったら綺麗だろうな。。なんて夢見ていた。
夢見ることはいつも実現する。そういうと、いいわねえ、『たなぼた』で、、といわれたことがある。それは日本人の人だけど。。日本人はやっかんでもいい国だしやっかみは隠さずに表現してよい社会であると思う。フランス人のヤッカミはまた違う。まあ、話した印象は確かにたなぼたって聞こえるかもしれない。
私は愚痴っぽく話すのが嫌い。こんなに努力しましたこんなに悲しかったこんなに恨んでいるとか、要するに演歌調は嫌い。愚痴愚痴愚痴は拒否反応。
母があっさりした性格で、母方叔母がすごく愚痴ばかりの人だった。母方叔母がうちによく遊びに来たが、何だか嫌だった。子供の私に愚痴は言わないが、母に永遠同じような愚痴ばかり話していた。彼女の私への愛し方がべたああとした感じだった。竹を割ったような性格の母には貰えない様な湿った愛情もいいかと子供ながらに我慢した。 が、本音は母方叔母のようには生きたくないと思った。我慢と努力を捏ねた様な生き様は、私には向かなかった。
何故は母形の叔母を思い出したかといえば、昨日、知り合いから愚痴を聞かされた。その愚痴は何時も同じ内容で、私は暗くなった。私は彼に愚痴は嫌いだから、ごめんなさいをした。でも自分が聞けないよといった事で、罪悪感を覚えた夜を迎えた。心を少し大きくして聞いてあげてもいいんじゃない? ともう一人の自分が自分を責める。母だってよく叔母の愚痴永遠と聞いてたじゃない。。
丁度、頭が痛い日にこんなことがあったものだからいかんかったのや。。ということにしたが、頭イタが治った今日の時点で少々考えた。
やっぱり、ニームに引っ越そうかなと。========================
急にここに飛ぶには少々わけがある。
まず、人に愚痴なんか聞けないぜという自分には愚痴はないのか。。。と自問自答してみた。
愚痴ないなあ。。。と思った。ではなぜないのかと自問自答してみた。
だって、愚痴になる前に、したいことはするように努力するから。努力を努力だと思わないで出来る才能はあるみたいだ。したいとおもうとまっしぐらの人とか昔言われたなあ。本人はそうは思ってないんだけど、たまたま表現した人は私より迷う癖のある友人だった。
迷う時期というのは意外と長いかもしれないと思う。だって、パリに恋したのは、16の時。それから30年たってからきているわけだしね。もしかしたら迷ってるときには人に言わないのかもしれない。秘密主義ではなく、迷ってるときに相談するとよけい迷うようでしない癖がある。
今回迷ってるのは、パリから引っ越すべきかどうか、だ。
ここでまた話は愚痴に戻る。
もう一度自分に愚痴はないのかと自問してみる。
形成過程のがあるなあ。。そういえば。
だんなはパリが嫌いでしょうがない。もう9年間も朝起きるとパリの空のグレーさに文句が始まる。それで喧嘩もしたがいまだ解決しない。喧嘩のネタといえば有名な話に『言語==どの言語で会話するか』があった。それは落ち着いた。今まあまあ私のフランス語も成長したから家で英語を喋ってもらってもかまわないと思いだすようになった。だが彼のパリ嫌いは年々激しくなるような気がしてならない。
じゃ、別れればいいじゃないという話。
でも、色々考えると二人とも別れたくないに落ち着く。なんだかんだ言っても気が合うのだ。
彼のパリ嫌いは治すのには無駄であるなあと9年もたつと考えるようになった。この長年パリにいたのはやはり私のパリに恋した乙女心がそうさせたし、買ったアパートも少しづつ手をかけて自分のお城にしたし、また引っ越しって辛いし、メンドクサイし、なんて理由が並ぶ。
形成過程の愚痴というのは、一体うちの旦那のパリ嫌いはなんとかならんのかい、だった。でもなんともならんと分かりきっているので、別れもしないとなれば、愚痴が形成されるのである。
愚痴になる前に、したいことはするように努力するから。という主義の私はちょっと困ることになる。だって私がしたいってことじゃなくて旦那がしたいってことだよ。
だが、こうも言える。旦那には9年も我慢をさせてしまったのだと。
ニームは大好きである。あの光を浴びたものが嫌いになる理由がない。プロバンスの小さな町が回りにきらきらとして、いつでも安く足を伸ばせる。小さくもなく大きくもない町で、非常に落ち着く。海も近くにある。
パリのアパートは確かに手狭になって、倍ぐらいの大きさのが買えるならBBビジネスも可能。テラスがあるんのだって購入できる。パリでは絶対実現不可能の、中世に出来たアパートだって買える。これはもうゴッホのように都落ちして、太陽を追って移り住むのも悪くないのだ。もう一つ大きな要素。ブロちゃんが死んじゃった。このアパートはブロの臭いばかりする。ブロのことが忘れたいのではなくて反対でいつも思い出したいが、場所にしがみつくのは嫌だ。。。複雑な心境。
迷っているのだろう。迷ってるときにはそれを表現しないという癖があったが、それを壊してみるのも面白かろうと、日記をつけることにした。
愚痴
[名]言ってもしかたのないことを言って嘆くこと。「くどくど―を並べる」
[名・形動]《
(梵)mohaの訳。痴・無明とも訳す》仏語。三毒の一。心性が愚かで、一切の道理にくらいこと。心の迷い。また、そのさま。
「―な人々の異常に放縦(ほうしょう)な迷信的な崇敬を」 Parisにて