ネットに繋がり方はいつもと同じ調子。8月にアパートを借りれた友人が全然繋がらないといっていたので覚悟してきたのだが、いつもと一緒で助かっている。
いつもと一緒 というのはたいていは家で繋がり、日曜日は繋がらないという寸法。繋がらないときはカフェに行く。
それでも繋がり方はパリとは違う。パリではオランジュと契約して毎月お金払っている。ちょっとでもぶつぎれるとぶーぶー言うほど繋がり方はいつも安定している。ケーブルでつないである私の大きなコンピューターは快適この上ない。
ニームのアパートでは日曜日になると繋がっていたsfrがなくなっていたりして繋がらない。もちろんお金払ってるんじゃなくて、友人のウイフィを利用させてもらってるので、繋がって感謝、切れたらカフェ行きになる。
そんなこんなで、ニームの日々というのは、繋がったかどうかの旦那の報告で一日が始まる。そしてなぜか、日曜日は繋がらない。いったいどんな因果関係にあるのかいつも考えるのだが、いまだにわからない。
ということでパンテルに来ている。パンテルは独自のウイフィもあるし、その上、sfrはなぜかいつも繋がりやすい。
なぜかというシミレーションは、いつも「sfrと契約している人が近くに住んでる」という想像だけで終わる。
昨日は、大臣の辞任で頭にきたら、コネクションがブチぎれた。
今日は 911の10年の記念日だ。
10年前の今日、NJ のオフィス から、ブルックリンに帰る列車を待ち続けたかんかんでりの日だった。ネットも切れて通信手段は携帯。それもパンクしてうまく繋がらなかった。3時間待って列車がきて、マンハッタンに近づいたら、黒い煙が見えた。これでやっと私は、生の911をみた。本当だった。これは夢ではない。
別れたか別れないか曖昧の恋人が、ツインタワーの近くで働いていた。電話は通じない。マンハッタンには出入りは禁止されていた。入れるようになってから、友人を伴って彼のアパートに行く。帰ってきた形跡がない。
それとともにボランテイアに友人と登録の長い列に並ぶ。担当官にたどりついたら、今はボランテイアたくさんいすぎて、また来てねと丁重に言われた。アメリカの凄さ。すばらしい。
顔写真をプリントして貼る作業を始める。カラーコピーのおじちゃんが、無料にしてくれた。人探し写真は無料だぜという。優しい。友人と貼る。それでも埒が明かないので、とうとう赤十字に届け出た。歯ブラシを持参で、友人にもついていってもらった。私は恥ずかしい思いをした。3年付き合った彼だったのに、彼の実家の住所も知らない薄い関係だった。14歳年下の彼。別れたか別れないか曖昧のままの3年間。私はほとんど記入できない記入用紙を見て、彼が生きていたら、今度こそ別れなければと思った。
それから1週間たって、別れたか別れないか曖昧の恋人はもう死んでしまったと思った。何もできない無力感でなんだか落ち込んだ。
そうしたら、ニコニコしてるような声で彼が携帯に電話。バカンスでヨガにいっていて、そこは外界と連絡は禁じられてるそうだ。馬鹿野郎。非常事態にそんなルール守るなと切れた。
そして、911で彼との腐れ縁が完全に終わることになった。
それと時を同じにして、会社がまた始まることになり、マンハッタンが通常に機能し始めた。ネットも電話も繋がった。
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私の911の思い出には、人々が悲しい体験の中、申し訳ないのだが、別れたか別れないか曖昧の恋人と腐れ縁が完全切れたおかげで、すぐさま、他の人とご縁ができた。それが今の旦那、ミッシェル君である。911の直後彼に会ったということは、彼といる時間はもう10年にもなるのだ。
昨日からガスパッチョとイカのお好み焼きにはまっている。冷たいガスパッチョを飲むと、幸福だなあと思うんだから、簡単な人だ。イカのお好み焼きは今日のほうがカリカリにうまく焼けた。ビオのキャベツがさくさくでうまい。
太った。イエス。
身体も大福みたいになってるぞおお。
ミッシェル君とは喧嘩し放題の仲で、仲が良いといわれつつ、なんだか幸せでいるんだから、感謝しないと罰が当たるかもしれない。ブロ君には感謝するんだけど。。旦那虐待傾向あるから反省する911であった。
繋がることはすばらしいのであ~る。
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