昔々、夏になると南仏の家に行くの。。なんていうのは、どっかの金持ちの奥さんが言うことだと思っていた。10年以上前に2つの仕事を持って昼も夜も働いていたときに、ブルックリンの3人で住んでるアパートの10畳位の部屋に入る玄関先で、ふと、『NYで働きずめで、こんなちっこいとこにしか住めないでいいのだろうか?それじゃあ駄目だろう。』とおもった。
それが今は、パリは冬、夏は南仏のアパート、という生活をしている。これはまったくラッキーな流れでそうなっただけで、自分が汗は流したが、まったく稼げなかった過去からの贈り物ではまったくない。nyでは、『みんなが顔を知ってるほどでなくてもいいから業界では結構有名になりたい』なんて思ったら、そうなった。これもラッキーな流れ。ただ単に有名なコレオグラファーに雇われただけのことだ。
多分、願えば何とかなるようなそういう博打のようなことをしている。
でも、願うのが強ければ、知らないうちに努力もするだろうし、努力も努力と思わないだろうし、気がつけば、ラッキ~出来ちゃった~。なんてことになってるのかもしれない、と、友人が言った。ある友人は、棚ボタ式幸運とも言っていた。どちらかというとその中間かもしれない。
パリは冬、夏は南仏のアパートって生活、結構しんどい面もある。
パリはもうインテリアはさわるとこはどこにもない。アトリエはかなりいろいろ工夫して使い勝手は最高。ある意味、製作楽園。
ニームは、いつもは人に貸してあるので、夏に来たら、大掃除からやり始める。それからアトリエを特に家具の大移動。個人用の箱から一年間しまってあったものを出し、パリから運んできたものもスーツケースからだし、環境を整える。それから、何か欠けてるものを買出しするか、ケチって自分で作る。何か欠けてるものといっても結構プリミティブな物質の要求だったりする。優雅なマダムには程遠くて、70年代のヒッピー的というかキャンプの発想というべき。ゴミ箱がないから、ショッピングバックの上部をくるっと丸めて即席で作るとか。。そんな感じ。家具は友人がいらなくなったのを貸してもらったりしているし、義母が亡くなった時、彼女の家から頂いたものとか、隣人が引越ししたときに捨てたのを直して使ってるとか、とにかく金をかけていないことは確か。それでもやっぱり使いやすいように、最大限、なかなか・かわいいじゃん・と思えるように工夫している。みにくいじゃん・とは思いたくない。
そういうことで、金はかけずに時間だけはかけているので、かんじんの自分の本当のプロジェクトに行くまでがシンドイ。
今日は2日目。貸してもらっていたカウチがアランが必要になったのでとりに来たらスペースが愕然と大きくなったので、しめたしめたと、ひとへや全部アトリエにしちゃった。うしし。でも、家具動かしすぎで身体がぎしぎし。
今日は、インドで6ユーロで買ったシーツの端処理をした。明日は、ミシンの便利ポケットをパリに忘れたので、あり生地でもう一度作る。
明後日は、アイロン台のカバーが汚いので、インドで1ユーロで買った生地で作り直す。アーこれでやっと環境が整う。
パリの自宅は何かと便利なだけに、何でここまできてこんなことやってんでしょうと思うことも本当によくある。製作楽園をどうして追われたのかと思うのである。たとえば、切れるはずの包丁がもたっと切れなかったりすると。。ああ、パリのほうがいいのに。。と思う。
幸せもあるにはあるんである。
ここにいる幸せはなんといっても、生地屋兼裁縫小物屋が歩いて1分のところにあることだ。糸がない。。ちょっと買ってくる。。この幸せ。
そしてパリと違って寒くない。足が冷たくならない。この幸せ。
人間がのんびりしてるから、のろのろ話しこめる。この幸せ。
空とぶアパートだったら、あの 製作楽園のまま飛んでこられたらいいのにねえ。

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