写真はフェリアのとき。場所はメゾンカレ。ローマ時代にローマ人が立てたものなんですが、今は美術館に転用されてます。周りは、観光客、カフェ、学校が終われば学生が勉強してたりします。キスしてる人も見かける。そんな場所です。2000年以上使ってますね。2000年以上ですよ。すごいですね。特に暑いときは地べたに座ると最高です。涼しい。
こんな歴史の長い場所をこえてちょこっと歩いた向こう6軒目かに血液検査のラボ があります。フランスは医療関係色々別れています。血液検査のラボ、普通はアポはとりません。
初めてニームで血液検査。パリ18区では、いったん登録してからが長かったですねえ。。半日仕事。それから私は血を採ると気持ち悪くなったりした人でした。青い顔して、ラボの検査椅子をのっとってたことも。
初めてニームで血液検査。結果はソー・ハッピー。検査室に呼ばれること待ったのはたったの5分。それで検査の人は、まず私のバックをほめ、私が作ったのといったらすごくほめてもらって、後は日本の話しをして、あっという楽しい間に血はとられ、気持ち悪くもなく、全くもって気分良く、帰りにはマルシェに寄ってきたという。。結果はソー・ハッピー。ラボで検査してこんな得な気分をしたのは始めて。ニーム万歳。コンプレインは持っていった本が読めなかったことです。待ったなしでしたから。
メゾンカレ
紀元前16年ごろ建設され、続く数年でローマのパンテオンの最初の施主でもあったマルクス・ウィプサニウス・アグリッパの手により再建された。そして紀元2年から5年ごろ、アグリッパの2人の息子ガイウス・カエサルとルキウス・カエサルを祭るようになった。2人はアウグストゥスの後継者だったが、そのころ相次いで早世している。ガイウスとルキウスに捧げられた碑文は中世期に除去された。しかし1758年、地元の学者 Jean-François Séguier は、ポルチコのファサードにあった穴の数と位置から碑文の再現に成功した(碑文は青銅製の文字を打ち付けたものだった)。
この神殿は4世紀にキリスト教の教会に転用され、ローマが国教をキリスト教と定めた後に異教の神殿などが破壊された際にも破壊を免れた。その後、会議場などに使われ、フランス革命期には政府所有の馬のための馬小屋となり、さらに市の公文書保管庫とされた。1823年以降は美術館となった。そのフランス語の名称は古語 carré long に由来し、「長方形」を意味しており、この建物の外形を指している
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