6月24日
明日6月25日、パリ時間11時からブロちゃんの火葬です。お空にモクモク。明日空をみることがあったら、サヨウナラといってあげてください。
死亡時間は6月24日12時45分。
ブロちゃんは2週間前死にそうだったんだけど、そのとき夫婦で泣きどうしだったとき、彼が、『なんで泣いてるの』と聞くので、『あなたが死んだら私は生きていけない、2週間先はわたしが母の死んだ歳になる大切な誕生日だから、それまでは少なくとも生きてくれないと私は生きていけない~』ってぼろぼろに泣いていったら、『いいよ』っていうんです。でもそんなのは私の幻想だと思ってました。でもホントだった。彼はホントに私の誕生日に死んじゃった。
6月24日12時45分私のモフモフは長いバケーションに行きました。身体のほうのモフモフは明日6月25日、パリ時間11時お空にモクモクになります。とっても思いやりのある息子でした。
6月24日
My cat, Diablo, my baby, my love is gone today..
My mom passed away at her age of 55, that was 33 years ago. I became 55 years old today. Happy Birthday. My cat like my son passed away today. sad.. Happy Birthday.. New life. It is very special day for me. Happy Birthday.. thanks.
6月24日
死ぬ15分前に力を振り絞ってママコの唇にタッチ。こんな人を思いやる息子を持って幸せです。私も ブロ君、貴方のような人間になりたいです。モフモフは明日の朝お空にモクモク。ありがとう。
6月24日
ブロちゃんが死んでからの午後、、いろんな方のお世話になった。電話を日本やベルギーにして慰めていただいたし、フェイスブックやミクシーやイーメールなど多大な言葉を頂いた。心臓の上の傷が痛み出すという、23日深夜に始まった癖は、テンション高すぎるからお風呂に入ろうと入ってみたら、また今日もドクンドクンと変な感じがして再開した。リラックスしないときっともっと痛くなるだろうとあせるともっとよくない。右さえも痛くなった。これはやっぱりもんでもらわないと駄目だろうと思い、友人の揉み師に電話して事情を話した。そうしたらなんと、20分で飛んできてくれた。お世話になった人だからと、無料で揉んでくれた。ブロちゃんへのお香典だそうだ。ありがたいことだ。いろんな方に本当世話になった。ありがたいことです。頭下がります。
6月25日
不思議なことに私すごく大丈夫です。ブロが死んだら自分は死ぬと思ってすごく怖かったのに、この晴れやかな最大の悲しみは今まで一度も経験したことがないものです。よく考えて見ると、ブロちゃんが私を救ってくれたんです。あの子は私が望むこと全部してくれたんですね。誕生日まで生きてくれて、最後はタッチしてくれて。彼はね、私を見たんです。瞳の中に私が映ってる。痛くて疲れた患者が周りを救う。。そんなことは人間界ではかなり稀な出来事に思います。猫だって犬だって人間だっていまだかつてそれをしてくれた人はいなかったんですね。死んでいくときはやっぱり自分のことしか考えない。母のことネガな血を吐いたオバケみたいな形で夢にでてくるのが止んだのは、一体何十年かかったでしょうか? ブロちゃんは、すごいです。きっと彼に会った方は分かってくださると思います。ブロちゃんは神様みたいな人です。ブロちゃんは今日昇天しました。
6月26日
飼っていた柴犬が姿を消して、きたなあい、つかってない、こわれた椅子の下でゴミみたいに硬くなっていたことが幼かったけどショックで、自分を責めました。かわいがっていませんでした。病気になったときも冷たかった自分中心な悪いガキでした。生き物はもう絶対いや。。といい。。大学のとき、ムサビで雨にぬれた猫がかわいそうでひろいましたが。。可愛がりましたが、本当に生き物と対等に暮らすってことまで学ばなかったです。
人間は自分中心で少し勉強が必要ですね。特に私はそうでした。それをきちんと教えて変えてくれたのが私の猫でした。いろんな人間に死なれた人生送ってきましたが、この猫はすごいです。
色々後悔後の反省点があるので是非これから変えて『生きたい』です。
もっとパリにある猫を助けるアソシエーションに参加して、猫助けたいと思います。昨日住所を最終選考して手紙書きました。まずはドネーションから。そうしたら今朝直ぐ返事が来ました。明日わざわざうちまでブロちゃんの使わなくなった食べ物を取りに来てくださるそうです。電話でお話したらとても感じのよい方でした。はじめの一歩。http://www.cda-paris12.com/ Club de Défense des Animaux Paris 12
6月27日
朝からテンションはがくんと下がり、猫のブロちゃんの採血を死ぬぎりぎりにしちゃって、苦しいことをさせた。。本当に申し訳ないと、悔しさや情けなさで眼が覚めた。そうしたら、また心臓の上の傷が痛み出した。何事においても心配しだすと、傷が痛み出すという身体的な鞭を自分で打っているのかもしれない。精神的なものか? それとも何か重大な病気のサインなのか。。分からない。
先生に診てもらおうかなと思ったが、ニームに行くのでニームでまた最初から先生を探さないといけない。そしてフランス語でこれまでの病歴を説明して。。旦那の病気の説明はへたくそだ。猫のブロ関係の獣医さんにでも全部私がイニシアテイブをとった。その場で直ぐ説明できるほど、フランス語の猫の病気のボキャブラリーはなく、調べまくり、勉強しまくりだった。たまったプリントした資料は100ページ。読んだ資料はたぶん3倍ぐらいか。。だから私の病気の場合でもまた私がやるんだろうな。。そう思うともう何もかもがいやになってしまうのだった。
旦那は私のミシンを持っていくといってきかない。壊れたら、困るのにと私は渋る。またフランス語で説明して。。あーあ。
ニームも行きたくないし、かといってパリにも居たくない。かといって旅行で飛行機の手配するなんて力も残ってはいないし、資金はない。旦那と別れたくはないが、泣きはらしてるのを見ると暗くなるから一緒にいると気がめいる。こんなぐるぐる考えていると、テンションはがぐんぐんと下がり、自分はもう死ぬのではないかと思ってしまった。
そこまで下がると今度は旦那のテンションが上がってくる。そんなもんだろ。2人で落ち込んで入られないから。いやに優しくて、ミシンは絶対壊れない方法でやるから、全部僕が持つからとか。。優しい。
そういうことにほだされて、ミシンの梱包に始まり、ニームに送るものの荷造り、
それから、大掃除。。病気が悪くなる3ヶ月間は、人も呼べないし、掃除機も使えないし、吐いた物の掃除だけで手一杯で、病気が治ったら掃除しないときっとベットの下は猫毛のじゅうたんになってるだろうと思った。死んでしまうとも何度も思ったが、病気が治るかもしれないと、何度も思った。気持ちがジェットコースターで、ブロちゃんがちょっと気分がよさげだと、天にも昇る気持ちで、悪いと、自殺したくなった。それでも私はちゃんと生きているし、ブロちゃんが死んじゃった後でも、猫毛のじゅうたんはそのまま残っていた。当たり前だ。でも不思議なものなのだ。
身体を動かして掃除しているといいものだ。
ソレニシテモ掃除する場所は死ぬほどある。。
掃除も梱包もまだ終わっていなくてぐちゃぐちゃな段階で、訪問者のベルがなった。http://www.cda-paris12.com/ Club de Défense des Animaux Paris 12 マリーテレーズとエリザベスが来てくれた。ダンボールを書き分けて座る場所を作った。
お話をして、猫餌のドネーションをして、それから、グラッフィック担当者が辞めることになったらしく、後釜はほぼ私になった。それから、里親探しまで猫を預かる家庭ってのに私たちもやらせてもらえることになった。そんなこんなで9月からやることが決まっていった。
新しいこと。。 猫ちゃんを助けたい。。ちょっとだけど触らせてもらいながら、癒されながら、そして新しい仲間と輪を広げ、猫ちゃんのためになりたい。